桜が咲くと、日本ではみな、お花見をしたがりますね。
そこで、今回は「日本にはなぜ桜が多いのか?」から「日本人にとって桜が特別に感じられるのはなぜか?」という疑問について、一緒に考えてみましょう!
1.桜が日本に多いのはなぜ?
天気予報を見ていると、一緒に『桜前線』『桜開花予想』が出てきますね。
開花予想が全国で出る花と言えば桜くらいですよね?
(あとはスギ花粉の飛散情報くらい…)
つまり、桜は日本全国で咲く花であることを意味していると言えます。
なぜ、日本には全国に桜の木があるのでしょう?
日本中にある桜『ソメイヨシノ』の秘密
◆ソメイヨシノ
私たちが日ごろ目にする桜の大部分は、『ソメイヨシノ』という園芸品種です。
江戸時代後期に、人の手によって開発され、第二次世界大戦後から昭和の高度経済成長期(1954年~)にかけて、特に全国で多く植えられたと言われています。
ソメイヨシノは実はクローンだった!
クローンとは、同じ遺伝情報をもつもの同士、つまり『双子』のような関係。
実際、ソメイヨシノは、伝統的な繁殖方法である『接ぎ木』で増やされたと言われています。
◆桜の接ぎ木
そのため、全国のソメイヨシノは、花の形も開花期間もみなそっくり!ということが起こっています!
キレイに揃った桜が、一斉に咲いたり散ったりする桜特有の現象もまた、私たち日本人の心をとらえていることに間違いありませんね!
ソメイヨシノが美しく見える理由
ソメイヨシノの不思議と言えば、枝に花だけがぽっと咲いて満開になるところ。
他の植物とは違って、花が落ち始めてから葉っぱが出始めるという現象が起こります!
これは、ソメイヨシノの片親である『エドヒガン』という桜の品種の特徴で、これがアートのように美しい景観を作り上げています。
日本で『桜』人気が広まった理由
日本人は、昔から桜が大好きでした。
山に咲くヤマザクラを始めとし、日本に自然に生えている桜は昔からありました。
春の訪れとともに山里を桃色に彩る、梅・桃・桜の花は、当時から人の心を動かしたのでしょう。
梅から桜へ『日本らしさ』を求める文化が桜人気のもと
春、一番早くに花が咲くのは梅です。
もともと『花』と言えば梅を表していました。
これが桜に代わった時期は、昔の和歌集で、どちらの花が多く題材に使われているかを見ると推測できます。
・奈良時代の和歌集『万葉集』(780年編纂) →桜:44首、梅:118首
・平安時代の和歌集『古今和歌集』(905年編纂)→桜:75首、梅: 22首
この時代背景には、「中国(隋・唐)から学ぶ」から「日本らしさを求める」動きへの変化がありました。
梅は遣唐使が中国(唐)から日本に持ち帰って広まった花でした。
つまり『桜』は、中国の影響から脱し、日本らしさを求める時代の象徴であったとも言えます。
◆菜の花と桜
古今和歌集/百人一首
『ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花ぞ散るらむ』紀友則
春の穏やかな日の光のなか、桜の花びらがはらはら散る様子が目に浮かぶ歌です。
◆左近の桜
ひなまつりでも飾られる『左近の桜』は、平安京(平安時代の都)で『右近の橘』と対で植えられた植物。
もともと梅だったものを、第54代天皇の仁明天皇が桜に植え替え(840年前後)、現在まで桜が植えられる風習が続いています。
ひなまつり・ひな飾りに関する記事はこちらから。
もし、この出来事によって日本を象徴する花が桜に代わったと考えるならば、それは実に1200年ほど前のことだったと言えるでしょう!
『桜で花見』文化の火付け役とは?
日本人は、桜でお花見をするのが習慣のようになっていますね。
この『桜でお花見』のルーツを探ってみましょう!
●812年『花宴の節』
第52代天皇 嵯峨天皇が開いたとされるお花見の席
日本で最初の「桜のお花見」と言われています。
神泉苑という寺院で行わました。
●1594年『吉野の花見』
豊臣秀吉が、桜の名所「吉野山」で開いたとされる大規模なお花見。
徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗ら錚々たる武将をはじめ、茶人、連歌師たちを伴い、総勢5千人の供ぞろえで吉野山を訪れまし た。
メンバーもまた豪勢ですね!
これが現在の「花見の宴会」のもとになっているとも言われています。
吉野山に桜が多い理由
吉野山と言えば、日本でも一番の人気を争う桜の名所です。
山全体が桜で覆われる光景は、まさに圧巻!
現在は、3万本のシロヤマザクラが咲き誇るようです!
そんな吉野山ですが、桜が多いのは、観光のためだけというわけではなかったようです。
吉野の桜は…「花見」のためではなく、山岳宗教と密接に結びついた信仰の桜として現在まで大切に保護されてきました。
役小角(えんのおづぬ)という呪術者は、神が宿るとされていた金峰山(吉野山を含む)に修行に入りました。
山中で厳しい修行を重ねていた小角の前に、蔵王権現(ざおうごんげん、神仏の仮の形の1つ)が現れたと言います。
◆蔵王権現
この姿を桜の木に刻んで祀ったことから、桜がご神木として大切にされるようになったと言われています。
2.日本人が桜を特別に思う理由は?
これまで、日本に桜が多い理由についてまとめてきました。
しかし、数が多いというだけでなく、どこか私たち日本人が桜を『特別』に思う理由が他にもありそうな気がしませんか?
ここでは、日本人と桜のルーツや共通点などから、その『特別感』の秘密に迫ってみようと思います!
日本の神話と桜
日本で最も古くから残されている書物『古事記』や『日本書紀』には、日本の神々が登場します。
その中に登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)という女神は『桜』の花の象徴と言われています。
(『木花』が桜、『咲耶(さくや)』が転じて『桜』になったなど諸説あります。)
木花咲耶姫は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫である邇邇芸命(ににぎのみこと)に求婚されました。
咲耶姫の父、大山津見神は、石長比売と二人を嫁に差し出しましたが、咲耶姫一人だけを妻にした邇邇芸命に、このように告げたようです。
「二人の娘を差し出した理由は、
・石長比売 :邇邇芸命の永遠の命を願って
・木花咲耶姫:邇邇芸命の繁栄を願って
それなのに、咲耶姫とだけ結婚したのだから、邇邇芸命の命は、木花(桜)のようにはかなくなるだろう。」
ここから、桜が象徴するものが
・花が咲くころの繁栄
・花が散るころのはかなさ
と分かります。
農耕民族日本人にとって重要な意味をもつ桜
◆桜 田んぼ
「さ」は、田んぼの神様(さ神様)のことで「くら」は、神様が座る台座『御座(みくら)』…農耕民族である日本人は、農業の神様が山から降りて来て、桜の木を依りしろに種まきから収穫までを見守っていると考えていました。
引用:桜(さくら)の語源
『桜』という語源をたどってみると、桜は神様が宿っている木と考えられていたことが分かります。
また、ちょうど『桜の開花時期』と『田植えの開始時期』が合っていたこともあり、桜が農業開始の指標になったともいわれています。
まるで桜と評された日本人の心とは?
日本人の心は桜の花のようだ!と言い切った歌があります。
『敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ほう 山桜花』本居宣長
本居宣長は『日本らしさ』をとても大切にしてきた人です。
宣長によれば、平安時代頃から人々(とりわけ王朝の女性)の中には『もののあはれ』という日本人らしい感性があったと考えられています。
◆十二単
『もののあはれ』とは、『季節(とき)のうつろいや自然の風景などを見て、おもむきや哀愁、無常観を感じること』です。
『桜』は、時代を越えて、人々の『もののあはれ』を強く揺さぶる対象だったのでしょう。
桜に感じる『もののあはれ』とは?
それでは、日本人は桜のどんなところに、『もののあはれ』を感じたのでしょうか。
季節のうつろいと春の桜
日本には、四季があります。
そのおかげで、気候も自然環境もめまぐるしく変化していきます。
それなのに、1年が経てば、また同じ季節が巡ってきます。
日本という場所は、地理的にも『無常』と『回帰』が一緒になっている場所です。
◆桜 田植え
桜は『春』や『田植え時期』など、新しいサイクルが始まる象徴でもありました。
これが、日本人が桜に『もののあはれ』を感じやすい1つの理由なのではないでしょうか。
姿を次々と変化させる桜に感じる無常観
それは、ソメイヨシノが全てクローンで、より強調されている部分もあることでしょう。
桜の開花日数は10日~2週間と言われているようですが、満開になってから散り始めるのは1週間程度。
そのころ、ちょうど春の不安定な気候と重なって、雨風でもっと早くに散ってしまうこともよくありますね。
また、桜の開花には、ドラマチックな展開が何度も起こります。
①枯枝にぽっと花が咲く
②木についている花が一斉に咲きだす。
③満開になったと思ったら、はらはらと花びらが散り出す。
◆散る桜
『無常観』つまり『全てのものは移ろいやすく、ひとところにとどまらない』という『もののあはれ』を呼び起こすのに充分な光景と言えるでしょう。
無常観と日本で信仰される仏教
また、『無常観』は、日本でも広く信仰されている仏教の根本的な思想でもありました。
桜の花がパッと咲く→人生で華やかな時期
桜の花が散る→人生で苦労や老いを感じる時期
このような考えから、桜を自分の人生に重ねてしまいやすいのかもしれませんね。
山家集
『願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ』西行法師
西行法師は、出家して放浪し、自然、特に桜をこよなく愛していました。
最後は桜の木の下で亡くなりたいと願い、そしてそれは叶えられたようです。
桜の美しさと日本人の美学・美徳との共通点は?
桜に『もののあはれ』を感じる私たち日本人ですが、それでは美しい桜の中に見てとれる、日本人の美学・美徳とは一体何なのでしょうか。
サムライから神風特攻隊まで美しい『死』の象徴
桜は咲くころだけではなく、散り際もクローズアップされます。
現代でも、映画などでサムライが死ぬ(とりわけ自決(切腹)する)場面では、桜が現れることがしばしばあります。
武士道の『忠義を尽くして、潔く死ぬ』という美学が、桜の『潔く散る姿』と重なるのでしょう。
また、第二次世界大戦のときに、神風特攻隊は爆弾を積んだ飛行機で敵陣へ体当たりし、命を落としました。
彼らもまた、桜の花に見送られ、桜の絵が描かれた飛行機で、戦地へ出向いたと言われています。
日のもとを あや匂はせて 逝く春と ともに散らなむ 山桜花
23歳の特攻パイロットが残した和歌
『名誉の死』『潔く死ぬ』という名目で、桜が選ばれたのでしょうか。
現在でも、日本の自衛隊は軍章に桜を採用しています。
桜色は『謙虚』な色?
私たちがイメージする桜色とは、近づいたらほんのり桃色が分かるくらいの白に近いうす桃色ではないでしょうか。
散る姿もさることながら、花の色も『謙虚さ』が美徳とされた日本人の心にぴったり重なっているように思います。
個ではなく一致団結で勝負!
これもまた、これまでの農耕民族としての在り方に通ずるものがありますね。
季節に寄り添い、手間をかける日本の稲作は、1人の力では営むのはたやすいことではありません。
◆秋 稲穂
しかし互いに協力し合うことで得られる、豊穣の秋を迎えた時の喜びと黄金の稲穂が波うつ光景は、まさに満開に咲き誇る桜の木々の姿に重なるものがあるのではないでしょうか。
連帯感から生まれた?感動を共有したい気持ち!
桜は『連帯感』を想像させるものでもありました。
今や、日本全国で桜を見ることができるようになり、日本中で感動を共有しやすいのも、桜ならではの特徴かもしれません。
農耕が主流だった時代から投稿写真の「いいね!」が広がる現在まで、私たちは今でも、どこか『つながっている』『感動を共有したい』と思う気持ちが強いのではないのでしょうか。
3.【まとめ】桜が日本人にとって特別なのは、時空をこえて多くの人と感動が分かち合えるから!
●いま日本中で見られる桜『ソメイヨシノ』
・昔からの桜人気から品種改良された園芸品種だった!
・接ぎ木で増やされたクローンだった!
・戦後から高度経済成長期まで全国で多く植えられた!
●古き時代からの桜人気
・日本らしさの象徴が『桜』だった。
・1000年以上も前の天皇が都の庭の梅を桜に植え替えた(左近の桜)!
・1000年以上も前の天皇も、あの有名武将も花見をしていた!
・桜の木が『ご神木』として大切に保護されてきた!
2.日本人が桜を特別に思う理由は?
・日本神話に既に現れる『木花咲耶姫』は『繁栄』と『はかなさ』の象徴である桜を意味していた。
・桜は、五穀豊穣の神『さ神』が降り立って座る場所『御座(みくら)』を意味し、稲作を見守る神が宿る木とされていた。
・桜は、日本人の心にある『もののあはれ』を強く揺さぶるものだった。
・桜に見る『無常観』は、仏教の根本思想であり、桜と人生を結びつけるものだった。
・桜の散り際は、サムライから神風特攻隊まで『潔い死』の美学と重なっていた。
・桜の花の色は、『謙虚さ』を美徳とする日本人に好まれた?
・多くの花を咲かせて連なる桜は、農耕民族としての『連帯感』を象徴するものだった?
・全国で同じ桜を見て感動を共有できるのが、今でも桜が愛される理由の一つ!